原作・卒業後、おつきあい前。「花薔薇」の続編です。



汗の香りがする。

温かいあいつの腕の中、汗ばんだ身体を感じる。

すぐ上にあるあいつの頬に触れると

やっぱりしっとり湿ってた。






あいつは汗っかきだとずっと思ってた。

だって、あたしの隣にいるあいつは、いつだって汗をかいてた。

あたしにとって、だから香ばしい汗の香りがあいつの香り。

握る手も撫でる髪もいつでもうっすら湿ってた。

一緒にいるときは、いつもいつも汗ばんでて、息を弾ませて。

そして体温が高いんだ。

だけどもさ。

「はぁ?慎が汗っかき?なんだそれ。」

「暑かろうと寒かろうと、いつだって涼しげな顔してるぞ、慎て。」

「走ったり焦ったりとかしないから、あんま汗かいてるとこって見たことないな。」

「おお、そうだよな。慎ちゃんていつもクールだよな。」

あいつの友達はそんなことを言う。

でもな。あたしの隣にいるときには、あいつはいつも汗かいてるぞ?


あたしは、どんなときも斜め後ろからついてきて手を貸してくれるあいつが、

可愛くて可愛くて。

「おいっ、どこへ行くんだよ!」

「決まってるだろ?あの野郎をふんづかまえて、ギッタンギッタンにしてっ。

洗いざらい吐かせてやる!!」

「ちょっと待てって!落ち着けよ!」

「うるさい、離せっ、沢田!」

「まーてって。」

腕を掴まれて引き戻されると、ふわり、あいつの汗の香りが漂う。

握った手のひらも、ほらうっすら汗ばんでる。

こんな時はいつもそうだ。

いつもそうだったから気が付かなかったんだ。

あいつが、こんなにも汗をかくまで、あたしのために一生懸命になってくれてたんだって事。

あたしのために、あたしがいるからあんなにも汗をかいてたんだって事。

あたしのつまんない策略に巻き込んだせいで狸腹の奴らにぼこられた時も

抱き上げたあいつの身体からは汗の香りがした。

全国模試に挑戦してくれた時も、あいつの部屋に行くとあいつの汗の香りがしてた。

暑い季節でもないのにそんなことになっていたのは、

一生懸命やってくれたからなんだと今ならわかる。

合格発表の日も、職員室に現れたときには涼しい顔をしていたけれど

河原でふたりの距離が縮まったときにはあいつの汗の香りがした。

あたしのところへ来るためにずっと走ってきてくれたんだろうか。

それとも汗をかく程、緊張していたんだろうか。

「お前に惚れててずっと一緒にいたいと思ってるからだろ。」

「やっと見つけた、俺の夢だ。」

そんなとんでもない事言い出して。

可愛い奴だよな。

猿丸組の騒ぎに巻き込まれてひどい目にあったときも

あいつからは汗の香りと血の匂いがした。

そっと抱き寄せられたとき、ふわりと香った汗の香り。

あたしのせいであんなにひどい目にあったのに、

「山口・・・好きだ。俺と付き合って欲しい・・・」

そんなこと言って。

でもな、どんだけ大変だと思ってるんだよ。

極道の世界を知りもしないくせに。

居心地の良い、誰よりも心地よい、可愛いあいつ。

あいつには幸せになってもらいたいんだ。

あたしみたいな極道もんなんかと付き合ってちゃだめだ。

寂しいけど、切ないけど、突き放さなきゃなぁ。

そう思ったのに。

あたしはあいつを突き放せなくて。

でも手を握り返すこともできなくて。


答えもでないまま、今日もチンピラどもを前にして、あたしは一人で戦ってた。

あいつからの電話を途中で切って一人でここへ来たんだ。

大事な生徒のために身体を張るなんて当たり前の事。

殴り倒されたって諦めるもんか。

腕も腹も顎も、ずきずき痛むけど立ち上がらなきゃ・・・

でも・・・目の前が暗くなる。

足音が近づいてくる。

反撃しなきゃ・・・

そう思ったあたしの鼻にあの汗の香り。

「こいつに近づいたら、殺すぞ。」

狭まる視界の隅に映る、赤い髪の雄々しい姿。

ああ、お前、来てくれたんだ。

一人前の男ぶってあたしを助けに身体を張ってくれるんだ。

またそんなに汗かいて。

必死であたしの事、追いかけてきてくれたんだ・・・

「山口っ!大丈夫か。」

抱き上げられると、ふわり、愛おしい汗の香り。

こいつがあたしをどれだけ思っているかを示す香り。

ああ、お前、そんなにまでしてあたしの事を。

可愛いな。

これだけの侠気を見せられて、黙ってるわけにはいかないな。

男らしく告白してくれたのに、今日までお前を受け入れなかったのは、

私の覚悟が足りなかったから。

可愛いお前を、世間様の荒波から守り通してやるって勇気が足りなかったから。

びびって逃げていたけれど、お前はもうあたしの懐に飛び込んできちまってる。

あとはあたしが腹をくくるだけだったんだな。

逃げたてたのはあたしの方だ。

懐の中の可愛いお前を、守ってやれるのはあたしだけじゃないか。

腹ぁくくんなきゃ。本当に欲しいものは手に入らない。


「俺をおいていくな・・・」

切ないあいつの声を聞いて、あたしはやっと決意した。

この命続く限りお前を守ってやる。

可愛いお前、ずっとずっと守ってやる。

温かいあいつの腕の中、汗ばんだ身体を感じる。

すぐ上にあるあいつの頬に触れると

やっぱりしっとり湿ってた。

「わかった。ついてこい!」

なぜだか声がかすれてしまったけど、あいつには聞こえたみたいだ。

あたしの手のひらに誓いの口付けをしたから。

あたしは、あいつをぐいっと引き寄せ、

唇に誓いの口付けを送った・・・

周りのすべてがフェイドアウトするのを感じながら

あたしはあいつに愛の言葉を贈る。

愛してる。

ずっと、ついてこい・・・




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こんにちは。双極子です。

この作品は自由投稿ルームに投稿した作品「覚悟しいや」を手直ししたものです。

「覚悟しいや」ははじめからノンアダルトシリーズに入れようと思って書いたものですが、

シリーズの他の作品を書くうちに整合性が取れなくなったので、

今回、大幅に加筆修正して別の作品として投稿することにしました。


やっと慎ちゃんの気持ちを受け入れる覚悟の出来た久美子さんです。

久美子さんは自分からキスした気になってますが、ぼーっとしているので実際は逆になってます(笑)。



2009.10.19

2010.5.4  UP

双極子