原作・卒業後、おつきあい前



合格した。合格したっ。合格したっ!

早く、早くっ、早く!

あいつに会いたい・・・っ!



始まりの日



二次試験の自己採点結果は充分に満足の行くものだったから、自信はあった。

しかし、やっぱりちゃんと合格発表を見るまでの日々は落ち着かなかったのだ。

今日、発表の時刻と同時に東大に着いた俺は、自分の番号が張り出されているのを見て心底ほっとした。

やっと努力が報われた。やっとあの日々が終わった。やっとあいつに向き合える・・・

その場から家に電話しおふくろに報告する。

歩き出した俺は徐々に実感が湧いて来て段々嬉しくなって来た。

合格したんだ。俺はどこへでも行けるんだ。

夢を叶える第一歩を踏み出すことに成功したんだ。

校外に出た俺は、振り返って煉瓦作りの時代を重ねた門を眺めた。

あれは俺の搭乗ゲート。

俺の望む世界へと続く、搭乗ゲートだ。

どんな未来が待っているだろう?

どんな世界が広がっているのだろう?

俺のための道がきっとある。


さあ、今度こそ、今日こそ、あいつに言おう。

俺の気持ちを。

花火大会の日に、退職騒動の日に、卒業式の日に、

言えずに飲み込んだあの言葉を。

弾む足取りで白金へ向かいながら、俺はなんて言おうかとずっと考え続けてた。

さりげなく、がいいだろうか。

きっぱりと、がいいだろうか。

ロマンチックな言葉はきっとあいつに似合わない。

薄っぺらな誓いもきっとあいつには必要ない。

気障なセリフも甘いトークもいらない。

素直な俺の気持ちをあいつに・・・


冷静なつもりでいても、やっぱり俺は興奮していたらしい。

地下鉄の駅ヘ行く道を三度も間違えて、結局二駅も先まで歩いてしまった。

それでも一時間ほどで白金学院に辿り着いた俺は、昇降口で息を整える。

ずっと早足だったから息も弾んでいるし、汗もかいていた。

落ち着け、俺。

もう一つ息をついて気合いを入れると、職員室へと向かう。

あいつの声が聞こえる。

「あいつ、一番大事な所で大マヌケなことを・・・」

なんでマヌケなんて話になるんだか。

青い顔して心配そうに覗き込むから、ぐいっと親指を立てて笑顔を見せる。

「当然でしょ。」

あいつは飛び上がって喜んでくれた。

そのまま一緒に帰ろうって言ってくれるから、いつもの放課後みたいに隣に並んで

あいつの気配を間近で味わう。

ここは居心地がいいな。

これから俺が話すことを聞いても、ここにいさせてくれる?

そんなことを考えていると、校門のところにいるお邪魔虫に気が付いた。

なんでこんなところにいるんだよ。

てかお前、発表会場にいたじゃねーか。

もしかしてつけて来たのかよ。

上杉に話しかけられて、素直に返事をしていると山口が泡喰って俺を問いつめる。

そうか、もう隠しておかなくてもいいんだよな、と思ったせいで

無意識に極道弁護士と言ってしまっていたな。

ちょうどいいやと思ってそのまま話を進めることにする。

「おい、どう言うつもりだよっ。」

「俺がお前に惚れていてずっと一緒にいたいと思っているからだろ。」

どう言うつもりかと聞かれたらやっぱ理由はそれだよな。

一緒にいたいんだ、ずっと。

思っていることを素直に言おうと決めた俺は、さらっと本心を口にする。

山口は

「そっか。」

と言っただけだった。

そのままごちゃごちゃ言ってくるから、冷静を装って返事しながら考える。

そっかで終わらせる程度の話なのか?

それとも言葉の意味が頭に届いていないのか?

それとも無視をするつもりなのか・・・?

と、突然

「どえええええええええええ!!!」

なんだ、気が付いてなかっただけか。

「遅すぎるだろ。」

可笑しくて突っ込みを入れる。

・・・赤くなって固まってら。

可愛いじゃん。

ここでちょっといたずら心を起こした俺は

熱い頬にそっと手を添え、小さな唇に自分の唇を寄せてみた。

見開いた睫毛が小刻みに震えている。

浅くなった息が俺の頬にかかる。

このまま・・・

山口、 このまま俺のものになって・・・

ドゴッ

ぐっ・・・イッテェ。ちぇ。

「ガキのくせに何言ってるんだよぉ!!」

なんて先生ぶって説教しようとするけど、そんな赤い顔じゃ説得力ないぞ。

「そりゃ俺はまだガキであいつの代わりは無理だけど。」

思っていることを素直に言っているあいだ、あいつは息をのんでじっと俺を見つめてた。

きらきらと揺れる瞳を俺も見つめ返す。

惚れてるんだ。

俺はお前のそばで、お前のために生きたいんだ。

やっと見つけた俺の夢なんだ。

ついて来いなんて言えないから、それが今の俺が言える、最上級の愛の言葉。

俺の気持ち、受け取って?

想いを込めてじっと見つめ返すとあいつはますます赤くなった。


結局、奇声を発して逃げられたけど、俺は予想以上の反応に満足していた。

瞳を潤ませて真っ赤になって、俺なんかの言葉でドギマギして逃げだして。

ちょっとは俺のこと男として意識してくれたみたいじゃん。

「ま、持久戦は覚悟の上だ。」

あいつのカバンが放り出されているから、拾い上げてゆっくり神山へと向かう。


今日が始まりの日。

俺の人生の始まりの日。

欲しいものを手に入れるための戦いを始める日だ。

さあ、行こう。

一歩ずつ、前へ。