原作・卒業後、お付き合い前。四月の魚のすぐ後の久美子さんです。



花薔薇(はなそうび)



あの人に 薔薇の花束を贈るの

ありったけの思いを込めて

薔薇の色は わたしの気持ち

色なんて選べない

深紅は「情熱の嵐」

白妙は「純潔の徴」

薄紅は「貞節の誓」

薄紫は「永遠の愛」

橙色は「幸福の証」

だから束にして送るの

すべての色を

そうしてわたしは最後にもう一本

黄色い薔薇を 加えるわ

その花言葉は 「嫉妬に狂う」

あなたはすぐそばにいるのに

あなたの眼差しの先のすべてに嫉妬する

あなたの瞳はわたしだけを見ていて欲しいの

黄色い薔薇は わたしの我が儘

ね それでも受け取ってくれるかしら

わたしの気持ち

誰より大切な 愛しいあなた



「たはーっ//// 何度読んでも、お尻がむず痒いーっ。

おかあさーん、勘弁してよー。」

久美子は母の日記をローテーブルの上に置くと、どさりと畳に転がった。

ここは、黒田の屋敷の久美子の自室である。

ローテーブルには、色とりどりの25本の薔薇を生けた花瓶が置いてある。

昨夜、25歳の誕生日プレゼントとして慎に貰ったものだ。

誕生日プレゼントに薔薇の花束なんて、あいつも気障だよな・・・////

横目でちらりと花束を見てそう思う。

しかし、花束なんて貰ったのは生まれて始めてのことだ。

嬉しくないわけがない。

大切に自室に持ち帰ってきちんと生けたそれを見るたび

慎のことを思い出して、ひとり赤くなったり青くなったりしていた。

一昨日の夜、およそ一週間振りに誘拐犯の手から助け出された慎を見て、

久美子は自分の中の彼ヘの気持ちが抜き差しならない所まで来ているのに気が付いた。

再会した瞬間、何も考えずに慎の胸の中に飛び込んでしまっていた。

おずおずと自分に回された腕の中は、今まで知ったどこよりも居心地の良い場所だった。

離れている方が不自然だと感じてしまうほどにしっくりきて、

温かさに酔ってしまいそうだった。

「俺と付き合って欲しい・・・」

耳元で囁かれてゾクッとした。

だから、はっと我にかえって一度はあの腕を引きはがしたんだ。

退路を断ち切るように、心にもない酷い言葉を吐いて、傷つけて。

なのに、慎はそんなことなどなかったかのように、いつものように顔を出して

薔薇の花束を差し出しながら、自分の気持ちは変わらないと言ったのだ。

そうしてまた抱きしめられて・・・

後ろからだったけど、温かい身体が自分を包んでくれるのを感じて、

やっぱりとても気持ち良くて鼓動が早くなった。

昨夜はなかなか眠れなかった。

抱きしめられたときに薔薇の花束を持っていたせいで、

薔薇の香りからすぐに慎を連想してしまうのだ。

温かな腕、 耳元にかかる息、囁きかける低い声、そうして慎の香り・・・

目をつぶると薔薇の香りが際立って、連想もより鮮明になるから

とうとう久美子は花瓶を廊下に追い出したものだ。



はぁ・・・どうしようか。

色とりどりの薔薇の花を見ながら考える。

突き放さなきゃ、とはもう思えない・・・

ふと、あることに気が付いて久美子はがばりと跳ね起きた。

由梨子の日記を見返して確認する。

赤、白、ピンク、うす紫、オレンジ、そして黄色。

やっぱりそうだ。

慎のくれた花束には詩に詠われているのと同じ色の薔薇が揃っている。

薔薇の花束を見たときに、由梨子の詩を思い出した久美子は、引っ張りだして

読み返していたのだ。なんだかむず痒くて内容が頭に入らなかったせいで

さっきは素通りしてしまったが、慎の花束と由梨子の詩は、よく似ていると久美子は思う。

「沢田の奴、なんだっておかあさんの詩を知ってるんだ??」

両者をしばらく見比べていた久美子は、一つ違いを見つけた。

慎の花束には、鮮やかな朱色の薔薇が何本か入っている。

詩には書かれていないその花弁は、慎の頭髪を思い起こさせた。

「ふうん・・・なんか意味があるのかな・・・?」

様々な愛の言葉がずらりと並んだ日記帳を見て、薔薇をくれた慎の気持ちを思いやり久美子はまたひとり赤面した。


花束を廊下に追いやったにもかかわらず、まんじりともせずに土曜の朝を迎えた久美子は、

ぶらぶらと出かけてみる事にした。

あてもなくあちこち歩いていると、花屋の店先にあの鮮やかな朱色の薔薇が並んでいるのを見かけた。

凝ったインテリアの可愛らしい店で、どうやら力を入れているらしくたくさんの薔薇の花が置いてある。

隅の小さな丸テーブルには何冊かの本とパンフレットが置いてあった。

著者名は天羽萌南となっているが久美子には読めなかった。

「あま・・?著『花薔薇(はなそうび)シリーズ  星と大地の章』

・・・なんだこりゃ?園芸の本か??」

並んでいる本を一冊とって野暮なことを言っていると、

「それ、小説なんですよ。」

店員が笑いながら言う。

「へ?小説?なんだってそんなもん、花屋に置いてあるんです?」

「花言葉ですよ。このシリーズ、花言葉をモチーフにした恋愛小説でしてね。

ちょっとミステリっぽくてファンタジーにもなってて、すっごく面白いんですよ。

有名な方ですけど、ご存知ありません?」

久美子は知らなかった。恋愛小説なんて異次元ワールドだ。

「お話の中で使われている花言葉、大半はこの方の創作なんですけど、

それが普通のものよりずっとロマンティックで素敵なんです。

うちの店でもほら、こうやってお客様に紹介しているんですよ。」

差し出されたパンフレットを見ると、色とりどりの薔薇の写真とそれぞれの花言葉が書いてあった。

「へぇ・・・」

深紅は「情熱の嵐」、白妙は「純潔の徴」、薄紅は「貞節の誓」、・・・

あ。あの日記の詩はこれだったのか。そういえば、由梨子の好みそうな本である。

「それにしても変わったペンネームですねぇ。あま・・?」

「『あもうもな』って読むんですよ。英語みたいに苗字と名前を逆にすると、

モナムールって聞こえるでしょう?」

「モナムール?」

「ええ、mon amour。フランス語で『我が愛』ですね。

名前の萌南もmon amiに引っ掛けてあるんですって。

モナミは『私の恋人』って意味ですよ。」

「はぁ・・・」

お尻がむず痒いぞ、と思いつつ久美子が相槌を打っていると

「おかげさまで、最近はずいぶん評判になって、

たくさんのお客様が花言葉にちなんだ花束を買ってくださるんですよ。

プロポーズに、とか告白に、とかおっしゃる男性の方も結構いらっしゃるんです。」

やっぱり沢田が花束を仕入れたのはこの店らしい。



家に帰って確認してみると、母の本棚にはちゃんと『 花薔薇(はなそうび)シリーズ』が並んでいた。

「はぁ・・・沢田の奴、おかあさんと同じ人種だったのか・・・////」

それにしても、と久美子はパンフレットを繰る。

一つ足りないあの薔薇の花言葉はなんだろう?

「朱色・・・朱色・・・ないな。紅、丹朱、猩々緋、臙脂、・・・

あ、これかな?唐紅。花言葉の意味は・・・」

花言葉の意味を見つけて、久美子は硬直する。

『唐紅は命がけの愛。あなたが生きていればそれでいい。

剣と焔の章より。人間の乙女を愛した不死のエルフの王子が

自らの命の恩恵と引き換えに乙女を救う。

王子の心は通じることなく露となって消えていった。』

「あいつ・・・」

由梨子が唐紅を選ばなかった理由、慎が選んだ理由が胸に迫って

久美子は切なくなった。

ごろりと横になって、花束を見ていると携帯電話が鳴りだした。

発信者は『沢田慎』。

じっと見つめていた久美子は、意を決すると電話に手を伸ばした。

「山口?今から会えないか?」

心地よい声が聞こえてくる。

腹、括らなきゃな。

久美子はぐっと携帯電話を握りしめた。

「おう、来いよ。」

ドキドキしながら出来るだけさりげなく久美子は答える。

ええい、女は度胸。当たって砕けろだ!




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ここまで読んで頂き、ありがとうございました!

「四月の魚」のすぐ後の久美子さんです。

もう少しで落ちそうなのに、踏みとどまって逡巡しています。

私の脳内では番外編2008はGW開けすぐの出来事なので

このお話の久美子さんが「ついて来い」と言うまで、あと一月余。

まだしばらく逡巡は続きそうです。


2009.4.16

2010.5.2  UP

双極子