四月の魚 1




「は?連絡が取れないって、いや、知りませんよ。初めて聞きました。

・・・・・・・・・・・

いえ、一昨日の夕方です。

・・・・・・・・・・・

はい・・・・・はい・・・・・・・

わかりました。

はい・・・・・

すぐに連絡を入れるようにします。

・・・・・・・・・・・

じゃあ、何かわかりましたら、ご連絡お願いします。

・・・・・・・・・・・

失礼します。」

久美子は受話器をおくと、深刻な顔をして考え込んだ。

その様子をそばで見ていた京太郎が声をかける。

「お嬢?相手は校長みてぇだったが、何かまずいことでも?」

「・・・・」

「お嬢?」

「沢田が行方不明だそうだ・・・」

「へ?慎の字が?」

「一昨日の夜から連絡が取れないらしい。親御さんが学校へ問い合わせてきたそうだ。」

「一昨日といやぁ、慎の字がうちにきた日だな。」

「ああ、夕方うちを出てそれっきりらしい。」


一昨日、いつものように遊びに来た慎は、組の買い出しにつきあわされたり

久美子の部屋の模様替えを手伝わされたり、散々こき使われたあげく

サッカー相撲までやらされて、ふらふらになって帰っていった。

夕食を一緒にとるよう勧めたのだが、なんだか実家の方へ顔を出す約束があるとかで

5時ごろにはうちを後にしたのだ。

深夜過ぎても実家に来なかったため、心配になった親があちこちに連絡を取り、

問い合わせがうちにも来たと言うわけだった。


久美子は三日前のことを思い出していた。

その日、またまた慎と出かけた久美子は、慎のアパート前まで一緒に来て通りの向こうにたたずむ妙な男に気がついた。何かを待っている風なその男は、ごく普通の風体をしてはいるが、久美子のようなものの目から見たらその筋のものであるのが、はっきりとわかった。

男はこちらを見るでもなく、どこへ行くでもなかったので、それきり忘れたのだったが、いま思い返すと、慎の部屋から帰るときにもいたような気がする。


あの日、買い物につきあったお礼と言うことで、慎はケーキを買ってくれて、部屋に上がってそれを食べ、しばらく話したりしたから二時間は経っていたはずだ。

それが、なにか関係あるだろうか・・・

京さんに話すと

「そいつぁ怪しいな。ちと探ってみっか。」

「頼むよ。京さん。」

「ああ、他でもねぇ。お嬢の大事な慎の字のためだからな。」

「だ、大事なって、なななな何言うんだよ、京さん////」

「大事な元生徒だろ?ニッシッシ」

「もうっ///でもま、今のところそいつが怪しいと決まったわけじゃなし

何があるかわかんないから、あんまり表立っては動かないでよ。」

「わかってらぁ。」

「アニキ・・」

「おぅ、どうした、若松。」

「へぇ、ちょっと気になることがありまして。」

「沢田に関係あることか?」

「へい。うちの愛妻の康絵が店で小耳に挟んだらしいんですが・・・」

そう前置きして若松が話した内容はこうだった。



先週のある夜のこと、見慣れない二人組の客に康絵は気がついた。

バー康絵はこのあたりでは高級な店で、その二人組のような客はフリではあまり入ってこない。何となく気になるものを感じた康絵はベテランのさゆりに相手を頼み、それとなく様子を伺ってもらったのだ。

男たちは秘密の話があるのか、ホステスたちを遠ざけてひそひそと話している。

声は低くよく聞き取れなかったが、かろうじて

「・・取引に・・」「そう、赤毛の・・」

「・・許さねぇ・」「・・・白金・・」

と言う言葉が聞き取れた。

さゆりはその断片的な話からすぐに息子の親友を連想した。

決してできが良いとは言えない息子に、変わらぬ友情を示してくれる

この人物は、黒田のお嬢に惚れ抜いているのだと息子から聞いていた。

そこでさゆりは事細かに康絵に報告したのである。


「ふーむ、取り敢えず、その二人組をあたってみるか・・」

「そうだね。」

「おっと、心配なのはわかるがお嬢はうちで待ってなよ。」

「でも!」

「下手に動くとアブねぇぜ。お嬢。」

「・・・・わかった。京さんに任せるよ。」

唇をかんだ久美子を京太郎はじっと見ていたが、やがて立ち上がると

「よし、てつ!ミノル!おめぇら、ちっと聞き込んでこい!」

「「へいっ!!」」

「若松!おめぇも、もうちっと情報を集めてくんな!。」

「へいっ!」



その後、神山商店街を抜けたあたりまでは慎の足取りはわかったのだが

それから先は、ぷつりと途切れていた。あれだけ目立つ男である。

更に最近はよく久美子と連れ立っている事もあり、

神山近辺ではレッドプリンスの顔を知らないものはいないと言ってよかった。

それなのに足取りがわからないと言うことは、その辺りのどこかで

連れ去られたのではないかと言うのが、皆の出した結論だった。

一方、例の二人組の情報はほとんど入ってこなかった。

今はつぶれてしまった猫又組に一時出入りしていたらしいこと、

和田組のシマで揉め事を起こしてそれを恨んでいるらしいこと、

などがわかっただけだった。

失踪から四日経っても、慎の消息は依然として知れなかった。



2009.4.4