四月の魚 3



未明、静かな住宅街に爆音がひびいた。


長ドスを引っ掴んだ久美子と京太郎が、表門から出たときには

すでに門前には誰もいなかった。

人気のない時間を狙って庭に投げ込まれたのは、黒色火薬を使った稚拙な爆弾だった。

地面がえぐれて土が飛び散っているが、直接面したガラスが数枚割れた他は

特に被害もなかった。


しかし、黒田一家の庭先に爆弾が投げ込まれたと言う事実の意味は重い。

すぐさま全国に散らばる傘下の極道たちが参集して警備に当たるわ

商店街の人たちが見舞いと称して炊き出しをはじめるわ

事情聴取にきた警察とにらみ合うわ、と一気に大騒ぎになってしまった。

マスコミも大勢詰めかけているため、校長の勧めもあって久美子は学校を休む事にした。

授業のない時期なのは幸いだった。

庭には大勢の鑑識官がいて、あちこちほじくり返したり何かを集めてたりしていた。

久美子は彼らが本来の仕事以外の事をしないよう、京太郎とともにその仕事ぶりを

じっと見ていた。

こんな時のために、やばい品を隠す場所はたくさん作ってあったし

書類やPCの類いは、浦目弁護士が抜け目なく整理してあった。


「お嬢さん」

刑事のひとりに声をかけられた久美子は、小さな袋を差し出すその男に近づいた。

透明の袋の中に、爆弾の破片らしいものが入っていた。

何か記号のようなものが書いてあるのが見える。

「これに、心当たりがありますか?」

手渡されて破片を見た久美子は、目を細めたようだった。

破片には小さな猿の絵が描かれている。

この絵はたしか、黒銀町あたりをシマにする猿丸組お抱えの爆弾師『黒銀ボマー☆ふぁるこん』のトレードマークだ。ふざけた野郎で自分が作った爆弾に必ずロゴマークを入れるのだ。そんなことはおくびにも出さず、久美子は平然と刑事に答えた。

「いえ。」

「ふぅむ。そうですか・・・

では持ち帰って検討する事にしましょう。」

久美子の様子をじっと見ていた刑事は、やがて辺りを見回してふっと笑うと

「くれぐれもこれ以上騒ぎを起こさないでくださいよ。」

と嫌味ったらしい口調で言った。

「「「なぁんだとうぅ!!ごるぁ!!」」」

周りにいた極道たちが気色ばんだが、久美子がすっと右手を上げてそれを制し

「おつとめご苦労さんで。」

刑事たちを見送ったのだった。

久美子がいま見たものを京太郎に耳打ちすると、京太郎は広間へと向かっていった。

その後ろ姿を見送った後、久美子は部屋に戻ってため息をついた。

「・・・沢田・・・」



広間では、長老としてこの国で一目置かれている極道たちが、

龍一郎を真ん中にしてずっと話し合いを続けている。

「それはいけねぇぜ。付け入る隙をやるこたぁねぇ!」

「おいっ、戦争おっぱじめるつもりなのか?」

「へっ、戦争が怖くて代紋張ってられるか!黒田の!どうするんですかぇ?落とし前を!」

「まあ、まて。ここで騒ぎを大きくして、共倒れになるのは不味い。」

「怖じ気づいてるんじゃぁないでしょうねぇ?」

「・・・んだとぅ・・・誰に向かってものを言っている?若造が。」

「・・・っ!」

「まあまあ、落ち着こう。仲間割れしてたんじゃ、敵に寝首をかかれるのが落ちだ。」

「黒田の!あんたの意見はどうなんだ!」

「・・・黙って引き下がる気はねぇよ。」

皆の意見を黙って聞いていた龍一郎がこの時始めて口を開いた。

「この件は、俺に任せちゃくれねぇか。」

「そりゃ水臭ぇぜ、黒田の。」

「そうですよ、兄貴。」

「危ねぇ、それは危ねぇぜ!」

そっと襖が開けられて、京太郎が顔を出した。

「親父さん・・・」

龍一郎がそばまで行くと小声でひそひそと話をした。

広間の客たちに一礼すると京太郎は去って行った。

「どうやらマトが絞れたぜ。」

席に戻った龍一郎がおもむろに言うと一同がさっと緊張した。

「今、うちの京が持って来た情報によると・・・」

龍一郎の話を聞いた組長たちは、今後の手配を素早く決めて、それぞれに帰って行った。

和田組と天海組は、腕の立つ組員を数人と組長本人が泊まり込む事になった。

「天海の・・」

「お、孝介。」

「実は今、京の奴が俺だけに、ってそっと教えてくれたんですがね。

今回の一件の少し前に、お嬢の想い人が攫われたらしいんすよ。」

「そりゃあ!」

「まだ、関係あるかどうかまではわかんねぇんですが、やったのはうちのと揉めた野郎みたいで。」

「ふーむ・・・で、想い人って、ど、どんな野郎なんだ。」

「ぷっ、そっちですかい。」

鼻の穴を全開にして聞く天海光蔵に思わず吹き出す。

「い、いや桜さんが気に掛けててなぁ。詳しく聞いとかないと、あとでどんな目にあうか。」

「ふっ、お嬢は幸せモンだなぁ・・・攫われたってのは、なんでも赤獅子の若大将てぇ通り名のお嬢の元教え子さんで、赤い髪の男前ってぇ話です。」

「赤獅子の・・・最近どっかで聞いたな?」

「まあ、最近あちこちで話題になってるみたいですからねぇ。」

苦笑しつつ孝介は言ったが、光蔵はまだ腑に落ちないような顔をして考え込んでいた。


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2009.4.5

双極子