※原作・卒業前。
思えばいと疾しこの年月
今こそ別れめいざさらば
別れの日
担任の奇行とか一部に問題はあったものの卒業式も滞りなくすんで、
白金学院高校3−4のクラスメイト全員が卒業証書を手にすることが出来た。
山口が最後のHRとして俺たちの門出を祝う言葉を語っているのを聞きながら
俺はじっと山口を見つめていた。
今日、この時間が終われば、山口をここから見ることもなくなる。
同時にそれは、山口が生徒の俺を見る時間がなくなると言うことでもある。
山口に惚れていると気が付いてから、ずっと邪魔だった立場。
でもそれを利用して毎日そばにいる理由を与えてくれた立場。
それが、今日終わってしまう。
この日をずっと待ち望んでいた。
一人の男として見てもらうために、「生徒」と言うレッテルが剥がれる日を心待ちにしていた。だが、それは同時に彼女が何の疑問もなく開けていてくれた俺の居場所を失うと言うことでもあった。望んでいたはずなのに、いざ今日と言う日を迎えると、居心地の良かったその立場を失いたくないと願っている自分がいた。
この恋を叶えることよりも、当たり前のように山口のそばにいて、
息づかいを感じたり汗ばんだ身体を押し付けられたり、
何の警戒心もなく笑いかけてくれて、好き勝手言えて、
毎日見つめることの出来る「生徒」でいたいと思うなんて・・・
手に入れようとして失うくらいなら、見ているだけでいい。
そんな弱気な気持ちがまだ自分の中にあるのを知って少し苛立った俺は、
HRが終わると山口に声をかけることもせず、そのまま校庭に出た。
校庭には、先輩を見送るために来たのであろう下級生や父兄、そして級友たちがたむろしていた。
そして、なぜか女子高生がたくさんいる。
「「「「きゃーっ」」」」
「「出て来たわよ!」」
「「「沢田センパーイ!!」」
「「沢田くーん!」」
「「「レッドプリンスよ!」」」
「はぁ?」
見知らぬ女子高生の集団に囲まれて、思わず間抜けな声を出しちまった。
事態に頭がついて行かない。
一体こいつらはなんなんだ?
「ね、ね、沢田くんっ。卒業おめでとう!ね、第二ボタンちょうだいっ。第二ボタンっ。」
「はっ?」
「ちょっと、アンタ何抜け駆けしてんのよっ。ねぇ〜あたしに頂戴!第二ボタンっ!ね?いいでしょ?」
「ちょっと待ちなさいよ、沢田くんが迷惑そうでしょ。離しなさいよっ。」
「センパーイ、第二ボタン、下さいっっ!」
「アンタ、沢田くんから離れなさいよ!」
「ちょっと押さないでよっ。」
「ボタン、ボタンっ。」
「沢田くぅんっ。お願い!第二ボタン頂戴ってば。」
「やだ、離れなさいってば。」
女子高生たちはなぜだか俺の第二ボタンとやらを欲しがって、群がってくる。
「ちょ、ちょっと、アンタら誰?」
俺の質問など誰も聞いていないのか、俺そっちのけで女子高生たちは騒いでいる。
級友たちはげらげら笑っているだけで、誰も助けに来てくれないし、
先生たちも面白そうに見守っているだけだ。
山口に至っては
「おお、沢田の奴、モテモテだなっ。」
とか言ってカカカカと笑っているのが聞こえるし、もう最悪。
もみくちゃにされていたら、ぐいと手を引っ張って騒ぎから連れ出してくれた人物がいた。
助かったと思いつつ、人気のないところまでやってくると俺の手を惹いていた人物が振り返った。
「沢田先輩・・・////」
もじゃもじゃ頭で丸顔の一年生だった。
「お前は?」
「ぼく、川田って言います。先輩、卒業おめでとうございます////」
ぺこりと頭を下げる。
「ああ、どーも・・・」
「あのっ、だ第二ボタン、下さい・・・きゃっ言っちゃった!////」
またか。
「あいつらもお前もなんでんなもん欲しがるわけ?」
「先輩、知らないんですかぁ?第二ボタンは心臓の上にあるでしょ。
先輩の熱いハートと一緒に学生時代を過ごしたんですよっ。
そのハートと学生時代の思い出が第二ボタンに詰まってるんですっ。
だから、第二ボタンをもらうってことはその想いをもらえるってことなんですっ。
先輩!ぼくにその想い、下さいっ。」
ってお前男だろーが。
呆れていると別の声が聞こえて来た。
「ちょっと!あんた!ナニ抜け駆けしてんのよ!」
「あ、蒲嶋くん。」
「ねぇ、それボクに下さいよぉ。」
こいつもか・・・
「あ、ずるいよ。先に僕がお願いしてたのにっ。ね!先輩?」
「君たち、ナニしてるのかなぁ?さあ、沢田くん、こっちへ来たまえ。取れかけている第二ボタンを僕が取ってあげよう。」
「「三浦先生っ、ずるいずるーい!!」」
俺は頭がくらくらして来た。
なんでこんな目にあわなきゃならないんだ・・・
勝手に騒いでいる三人に気が付かれないようそっとその場を離れた。
一人になれるところまでやってくると俺はため息をついた。
心臓の上のボタン、か・・・
きっと俺の第二ボタンは山口への想いでいっぱいだ。
触っていたら、取れかけていたボタンがころりと取れてしまった。
遠くで山口が皆にじゃれているのが見える。
山口にもらって欲しいな、なんてチラと思ったけれど、
進路も決まっていないのに、そんな気持ちを見せる気にはどうしてもなれず
かと言って渡す理由も思いつかなくて、そのまま握りしめた。
取れてしまった第二ボタン。
二度と袖を通すことのない学ランだから、もう一度つける必要もない。
想いが詰まっていると思うと捨てることも出来ない。
山口に渡すことも出来ない。
行き場を失ったボタン・・・
行き場のない山口への想い・・・
なんだかボタンが俺を象徴しているみたいで離すことが出来ず、
「山口・・」
手の中でボタンをもてあそびながら、俺はそっと愛しい人の名前を呟いた。
小さな声は春風に散らされて、花の香りと共に宙を舞う。
風に髪を梳かれながら、その声の行方を追うように俺はいつまでも宙を見ていた。
イラスト:尚様