ドラマ・おつきあい前、怪物くんとのごちゃ混ぜパラレル。原案・R様。ありがとうございました。



そもそもの始まりはこんな感じでした



俺は知らず知らずのうちにまた王子の不興を買ってしまったらしい。


「はぁ・・・」


ほんの一口食べただけで、下げろ!と怒鳴られたデザートの皿をもって退出するとため息が出た。


これでもう何日目だろう。三時のおやつにはチョコが食べたい、ビスケットが食べたいと王子がおっしゃるので、わざわざ人間界から取り寄せているのだが、どうもお気に召して頂けないようだ。使いのモノをやって王子と懇意にしているうたこ様とひろし様にも尋ねてみたが、捗々しい成果は見られない。


もちろん、大膳が用意したものなど見向きもしてくれない。


ダークエルフ族の若手ホープとして王子のお側に上がった俺は、一族の期待を一身に背負って今日まで無事に勤め上げてきた。王子の世話なら誰にも負けなかったのに・・・廚所へ皿を下げてから、俺は裏庭の畑でぼんやりとしていた。枝にたわわに実る、魔界一の甘さと大きさを誇るキラートマトが、食べごろの艶やかな赤色を発しているところを見るともなく見ていると、後ろから声をかけられた。


「あらー、シン殿じゃあありませんか。何なさってるザマス?」


「あ・・・ドラキュラ殿・・・」


どうやらこっそりトマトを貰いにきたらしい。ここは王子と王子の身の回りのものだけが口にする食材を作っている畑だ。キラートマトは非常に味がいいのだが、ただひとつ難点があって、枝から切り落とされると生きているものを誰彼構わず襲うのだ。


切り刻まれたわずかな欠片でも襲い掛かるので、トマトジュースにしか出来ない。

だから、ここのトマトは今話しているドラキュラ殿ひとりのためにつくられていると言っても過言ではないのに、彼は時々こうして畑にくるのだ。


以前、彼の親族に聞いた所では、襲い掛かってくるもぎたてのキラートマトを捕まえて、吸血牙で吸うのが好きなのだそうだ。


「むむ、その顔は何か悩んでる様子ザマスね。・・・・ずばり坊ちゃんのことザンショ。」


俺の悩みを言い当てて得意そうにしているが、今の王宮で家来を悩ませる種などひとつしかないのだ。誰だって当てられるだろう。


「王子にお出しするおやつがお気に召してもらえなくて・・・それで・・・」


「ははぁ・・・最近の坊ちゃんはまたヘンなものに凝ってるザマスからね!」


「え?教えて下さい、それ!」


「いたたたたー。そんなに首を絞められたらいくらミーでも死ぬザマスー!」


俺は興奮のあまり、思わずドラキュラ殿の胸ぐらを掴んで首を絞めてしまったらしい。まだゲホゲホ言っているドラキュラ殿に謝罪をして、俺は教えてもらった城内の抱え屋敷のひとつへと向かった。



「ここか・・・」


ドラキュラ殿に聞いた話によると、王子がおやつを召し上がらなくなる少し前にこの屋敷へと足を運んでいる。俺の記憶が確かならば、ここは代々王家御用達を務める絵師の屋敷のはずだ。


怪物の肖像画は取り扱いに注意を要する。絵姿を写し取ることによって呪いをかけることが出来るのだ。また反対に絵師の力が弱ければ、描いている間に精を吸い尽くされて命を落とす事もある。ましてや王家の者が相手ともなれば肖像画を描こうと思い立っただけで、そのモノは朽ち木のように崩れ魂は辺土の泥と成り果てる。


だから、それに対抗できうる力を持ち、なおかつその忠誠心から大王様より「絵姿御免状」を直々に賜った特別の一族のみが、お抱え絵師となれるのだ。怪物界きっての名家であることは間違いない。


俺はしばらく躊躇ったが、結局正門から入って案内を請うた。用件は置いても、自分の身分と出自を考えるとそれが最も礼に叶うだろう。


綺麗に手入れをされた小道を過ぎて、大きな扉の前に立つと俺はノッカーを鳴らした。


コン・・・コン・・・コン・・・


重厚な響きが屋敷内に伝わって行く。

しばらく待つと表使いの者が音もなくやってきて、扉を開いて俺を導いてくれるだろう。

静かに待っていると、どこからか遠雷のようなものが聞こえてきた。

それは段々と大きくなって、地響きとともに屋敷の奥から扉に向かってくるようだった。


ドガーン!


一際大きな音が扉を内側から震わせた。

そして小さな呟きが微かに聞こえた。


「いったぁ・・・またやっちゃった・・・」


女の声だ。メイドだろうか、またってなんだ。毎回、客を迎える度に地響きをたてて扉に突進するメイドって一体どんな怪物なんだ。


ギーッと言う音と共に扉がゆっくりと開く。


俺は扉の向こうに凶暴なメストロールがいることを予想して身構えた。


「え・・・?」


俺は自分の目を疑った。

目の前にいたのはほっそりした可憐な女性だった。メストロールなどではない。

明るい瞳が生き生きと輝き人なつこそうな笑みを浮かべていて、とても魅力的だ。


「いらっしゃいませ。どんなご用でしょうか?」


鈴を転がすような声は、先ほどの地響きとは相容れない。

しかし、白い額にはついさっき出来たようなたんこぶが出来てるし、やっぱりさっきの地響きはこの女なのか。

俺はしばし呆然としていたらしい。


「あのー、もしかして王子様からうちの坊ちゃまに、何か御伝言ですか?」


いつの間にか、すぐ間近で覗き込まれていて、俺はびっくりした。

慌てて飛び退くと、


「あ、あの、その・・・俺は、その・・・」


「王子様付きの執事さんですよね?お噂はかねがね。」


俺の顔をまっすぐ見てごく普通の様子で女は言った。俺の前で、しかも瞳を覗き込んでいるにもかかわらず、平然としているのを見て俺は衝撃を受けた。


俺たちダークエルフ族は、神をも魅了する魔性の美貌と美声、そして美しい瞳を持っている。なかでも俺はそれが特に強い体質らしく、大抵の女は俺が見るとうっとりとして我を失ってしまう。俺が王宮勤めに出たのも、ひとつには屋敷にいると俺を巡っての刃傷沙汰が絶えないからと、大王様直々に御高配を賜ったおかげなのだ。


王宮では基本的に表には男しかいないから、以前のような騒ぎにはならないものの、どこを歩いても俺は常に注目の的で、怪物達の視線に晒されてきた。皆、遠巻きに眺めているだけで特に親しくなるモノもいなかったし、ひとりでいることの方が好きだった。


だから、なんの衒いも媚びもない真っすぐな彼女の視線は、俺にとってとても眩しいものだったのだ。

俺の心に温かな灯りがともった気がした。


「わたくしは太郎殿下付き執事、シンと申します。」


「あ、あたしは、じゃなかった///、ワタクシはここのメイドでクミコって言います。」


頬を染めてにっこりと笑ったその笑顔がなぜかとても美しく見えて、俺はじっと見つめてしまった。

クミコと言うメイドも俺をまっすぐ見ている。


夕日に横顔を照らされて、俺たちはいつまでも見つめあっていた。


この時がずっと続けばいいのに。

突然、心に登った思い戸惑いながら、それでも俺はクミコを見つめて立ち尽くしていた。