怪物くんとチョコビのドラマ版クロスパラレル。



噂のツアーに行ってみましょう



真夜中過ぎ。

深い森の中の道を歩く一行がいた。男ふたりに女ふたりの連れ合いのようだ。

煌煌と光る月の光に照らされた道を、わいわいと騒ぎながら歩いている。


「て言うかさぁ、こんなとこに面白いもんなんて本当にあるのかよー。」


「まあそう言うなって。後で旨いもん喰わしてあげるから。」


「旨いもんてこの間のチョコとビスケットのやつか!」


「あれはあげない。だって貴重品なんだもん。」


背格好も顔立ちもよく似ている男ふたりは、この怪物ランドの王子、太郎と、彼の従兄弟にして親友のエカッキー伯爵家の嫡男、一郎だった。


女ふたりはぶつくさと文句を言う男達を宥めながら先導しているらしい。

いや、先導しているのは金髪をショートカットにしている可愛い女の子のみで、もうひとりの長い黒髪をまとめている女は仕方なく付き合っていると言う感じだ。このふたり、ゴーリキー公爵令嬢怪子と、エカッキー伯爵家のメイド、クミコである。


更に良く見ると、太郎はいまいち乗り気ではないようで、一郎がそれを必死に誤摩化している。おまけに怪子と一郎は時々目配せをしあっているようで、何か思惑があるらしい。


そもそも、彼らがなぜ、真夜中に連れ立ってこんなところに来ているのかと言うと。

話は先週の水曜日に突然一郎が怪子に呼び出された時点に遡る。


「ちわー・・・怪子ちゃん?」


「あ、来た来た。一郎、こっちこっち!」


「今日は何の用なの?」


「実はちょっと面白い話聞いたのよ。なんでもね、カップルで行くと必ず両思いになれるって場所があんのよ。」


「ふーん。じゃあタローと行ってくればいいじゃん。」


次の瞬間、一郎は思い切り頭をはたかれた。


「イッテーなぁ、あにすんだよ、もぅ・・・」


「あんた、バッカじゃないの!あの面倒くさがりの太郎ちゃんがそんな誘いに乗るわけがないじゃないの!」


「あ・・・まあ・・・確かに。」


「だからね、あんたが誘うのよ!」


「へ?やだよ、なんで?」


理解不能と言う顔をして一郎が怪子を見ると、得意そうにふんぞり返っている。


「一郎、あんたがやってくれたら、あたしはクミコを誘ってあげるわ。」


「あ・・・そっか・・・」


一郎は、物心つく前から側に居て、仕事の範疇を超えてまで何くれと面倒を見てくれるクミコに密かに想いを寄せていた。幼い憧れは一郎の成長とともに淡い恋心へと育っていき、思春期の入口にようやく手がかかった今では、はっきりと恋と呼べるものになっていた。


自覚はしたものの、初めての感情に戸惑ってこの頃ずっと悩んでいたのだ。おかげで、スケッチブックはクミコだらけだ。


「ね?悪くない取引でしょ。」


にんまり笑う怪子に、一郎は頷くしかなかった。


そんなわけで、ふたりは適当な言い訳でクミコと太郎をそれぞれ誘い、今日の遠出となったのだ。


静かな森の中を一行は進んでいく。

月明かりがあるとは言え、深閑とした森は黒々と深く、時おりどこかでぎゃーと言う怪鳥の声が上がる。その声も次第に森に飲まれていき、一行は自然と無口になっていった。


「あ!」


先頭を歩くクミコが声を上げて立ち止まった。


「な、何?」


一行の中で一番怯えていた一郎が甘えるように問いかける。


「お祖父さんに頼まれたお化け煙草、買うの忘れてた!」


「そんなの後にしろよ。」


「はぁ。」


気を取り直して一行はまた進み始めた。

噂のスポットまではまだしばらくかかるらしい。


「あーっ!」


「どうした、クミコっ。」


「宅配便の不在連絡、あったのに連絡してない!」


「何?その宅配便はあれか、あのチョコとビスケットのやつか?」


「そんな大事なもん、何で忘れるんだ!急いで戻らないと。」


「でも、もう代理店しまってますよ、きっと。」


三人が騒いでいるところを怪子が遮った。


「もーう!そんな事は後回しにしてー!早く!行くわよ!」


怪子の剣幕に渋々ながら三人は従った。

この中では怪子が一番手に負えないのだ。クミコは滅多な事では能力の封印を解かないし、太郎は怪子相手に本気を出す事はない。一郎に至っては言うまでもない。


一行はまた静々と森の中を進んでいく。

森は益々深く、不気味な様相になっていく。


「あ。」


またクミコの声だ。


「「「今度はなに?」」」


残り三人が噛み付かんばかりの勢いでクミコに聞く。


「あ・・・すみません。気のせい、でした・・・」


それを聞いて、一行はまた進み始めた。

皆の手前ああは言ったが、クミコの耳には確かに音ならぬ音が聞こえてくる。

どこかで聞いた覚えがあるのだが、なかなか思い出せない。


進んでいくに連れ、次第に大きくなっていく音は竪琴のようだ。甘やかなメロディを奏でている。この頃になると他の三人にも聞こえ始めたと見えて、皆一様に緊張した顔になって

いる。


やがて竪琴の音に混じって歌声が聞こえてきた。

誰かが竪琴に合わせて歌っているらしい。途切れ途切れではあるが、確かに歌声だ。上古の言葉でも使っているのだろうか、歌詞の意味は判らない。だが、

詩に込められた情感だけが胸に迫る。切ない片恋の唄だ。



 貴方の瞳は 我が光 貴方の想いは 我が望み


 愛の雫 溜まり満ちて 溢れゆく・・・



ふと、不穏な気配を感じてクミコは立ち止まった。振り返ってみると、怪子と一郎の様子が変だった。


一郎は顔を赤くして呼吸が浅いし、怪子は今にもこぼれ落ちそうな涙を一杯たたえて震えている。ふたりとも呼びかけに答えようともせず、視線は宙をさまよって、心ここにあらずと言った風情だ。


「タロちゃんは大丈夫?」


「へ?俺は何ともないぞ。」


魂が抜けたようにぼんやりしていた一郎と怪子がふらふらと歩き出した。竪琴の音に惹かれるように、音の源へと向かっている。


「おい、とにかく追っかけるぞ。」


ふらふらと歩いているはずなのに、ふたりのスピードは意外に速い。


「怪子ちゃん!」「坊ちゃま!」


いつのまにか視界から消えた二人を捜して、太郎とクミコは足を速めた。

あたりには濃密な気が漂っており、それがふたりの力と摩擦を起こし、ぱちぱちと火花が

散る。


「あっ、いたぞー!怪子ちゃんっ、大丈夫か!」


「坊ちゃま!」


森がほんの少し開けたところ、薄紫色に光る不思議な広場の中央にふたりは倒れていた。

歌声は益々大きくなっている。


と、曲調が変わった。


あたりに漂う薄紫の気が、音楽に合わせてゆっくりと回り始め、更に倒れているふたりの

身体がぼんやりと桃色に光だした。


太郎とクミコが慌てて駆け寄る。


「怪子ちゃん、怪子ちゃん!」


抱き起こして支えてやると、怪子は潤んだ瞳で太郎を見上げた。その顔がいつになく可愛く見えて太郎は少しだけ動揺した。


「坊ちゃま!」


クミコが一郎のそばに駆け寄って覗きこむと、


「・・・ん・・・す・・・・す・きっ・・・」


消え入りそうな声で言ったのだが、慌て過ぎで動転しているクミコの耳には届かなかった。


あたりに漂う薄紫の気はますます濃密になっている。

よく見ると、何人もの人が倒れていた。


誰もが桃色の光に包まれていて、なぜかふたり一組で倒れている。

皆、うっとりして夢を見ているような惚けた顔をしている。


「さては、この霧の正体は魔力だなーっ!おい、皆!今助け出してやっから待ってろよー!」


言うや太郎はごぉーと口から炎を吐いて、あたりをなぎはらった。皆を惑わしていた気が一瞬にして浄化される。ついでに広場の周りの樹木も燃えだして、正気付いた人々も加わって大騒ぎになってしまった。


森の奥の方からも声が聞こえ始め、大勢の人間が近付いてくる。


「火事ー!火事ザマス!みんな起きるザマスー!ミーはひとっ飛びして半魚人達を呼んでくるザマース!」


「フンガー、フンガー!」


「早く半魚人を呼ぶでガンス!」


「うわっ、なんであいつらがこんなとこに出てくんだよ。」


太郎達の一行は森の奥深くへ進んでいるつもりが、実は大回りして城の裏手に出てきていたのだ。城では裏の森で突如起こった火事に驚いて、皆が総出で駆けつけて来たと言うわけだ。


まだ正気に戻らない怪子を片手で抱き上げ、反対側の手でクミコと一郎を一抱えにすると、太郎は一目散に逃げ出した。幸い、ドラキュラ達には気付かれなかったようだ。


「ふぅ、やれやれ。ここまでくりゃ大丈夫だろ。怪子ちゃん、怪子ちゃん。歩けるか?」


「・・・・」


「しょうがねーなー。じゃあ俺、怪子ちゃんを届けてくらぁ。クミコは一郎を連れてけ。」


「はぁい。おやすみなさい。」


「ん。」


ぐったりとした様子の怪子を抱き上げた太郎が背を向けると、してやったりと得意顔の怪子が肩越しに見えた。


「坊ちゃまものびてるなぁ。しょうがない、背負って帰ろ。」


小柄な一郎の身体を軽々と背負うと、クミコは風を巻いて走り出した。


走るに連れ、自然にほどけた封印の結髪が炎となって燃え上がり、地面を蹴る足先からは雷光が散る。古い鬼の血を引く、クミコならではの能力だ。久々の全力疾走で、クミコはいい気持ちだった。


背中に負ぶさっている一郎は、炎と雷の光で眼を覚ました。

そして、自分のいる場所を確かめると安心したように再び眼を閉じた。


どうやら想いは通じなかったようだけれども。

この温かい背中を独り占めできた事で、今夜は良しとしよう。


「クミコ・・・」


小さく呟いて、一郎はクミコの首に回した腕にぎゅっと力を入れた。


森の火事はもう収まったようで、あたりはまた静けさの中に沈んでいる。

あの歌も、もう聞こえない。傾いた月だけが変わらぬ光を放っていた。