※ドラマ、お付き合い前。アフリカ設定なし。
06: 内殻励起
内殻励起 [英 inner-shell excitation]
原子の内殻(K殻,L殻,原子番号の大きい原子の場合のM殻など)にある電子が光子(X線)吸収,高エネルギー電子,軽イオン,重イオンとの衝突によって叩き出され,内殻に電子の空孔ができる過程.
理化学辞典・第五版
「悪いけど、四人だ。」
そう宣言したあの日から、俺の胸にはぽっかりと穴が空いたままだ。
あの女。
大人なんか信じるかって思ってた俺の心にするりと入り込んできたのだ。
大人になんかなりたくなかった。
俺は子供なんだ。
大人に甘えて当たり前って、俺の事、認めてくれない奴らが悪いって、本気でそう思っていた。
いや、自覚は無かったのかもしれない。
その甘えを許してもらっていた事すら、気付かなかったのだから。
ヤンクミが退職を免れたあの日、あの河原で。
優男の刑事ふたりとてつさんがそれぞれ想いを語っているのを聞いて、思いがけず湧いてきた対抗心。気が付いたら宣言してた。
俺が四人目だ、と。
そのときは、ちょっとからかってやろうと思っただけだと、俺達の楽しいオモチャを横から持ち去ろうとする大人が、少しだけ許せなかったのだと、そう思っていた。
だから二学期になっても三学期になっても、相変わらず熱血で鬱陶しくて、体当たりで俺達を守ってはぼろぼろになっている彼女をフォローしつつも、案外冷めた眼で見ていたんだ。
卒業式の日、
「お前は、いつまでも俺達の担任だからな。」
そう、皆と一緒に宣言した言葉に嘘はなかった。
なかったはず、なのに。
W大に通い始めて様々な事を知り、世界が広がっていくのを楽しむうちに心のどこかに穴が空いているのに気が付いたんだ。
それは、きっとあの日から。
四人目だと、言ってしまったあの時から。
確かな未来へ向かって歩んでいるはずなのに、足元のどこかに黒々とした大きな穴が空いているような、そんな錯覚。築き上げたものすべてが崩れ去ってしまうような、不安定な感覚。
日々焦燥感を募らせながら何とかやっているうちに、それは唐突にやってきた。
「おーい!」
歩いている途中、背中に大きな衝撃を受けて、俺は倒れそうになった。何とか持ちこたえた後、最初に気が付いたのは息が苦しいと言う事だった。水色の何かが俺の首に巻き付いている。背中にも大きな重みがかかって、咄嗟に声が出ない。
「うぐっ・・・」
「あれ?大丈夫か、沢田。苦しいのか?苦しいんだな。よし、今すぐ足のつかない医者の所へ、」
そこまで言われてようやく気が付いた。俺はどうやら背後からヤンクミに飛びつかれたあげく、首に回された腕で締め上げられているらしい。大丈夫かじゃない、お前の所為だろ、と思うが苦しくて
「げほっ・・・とにかく・・・はなせ・・・」
それだけ言うのがやっとだった。膝をついた俺の前に、水色のジャージにおさげ姿の懐かしい顔がやってくる。
「大丈夫か?」
心配そうな瞳に映る、情けない顔で咳き込む俺・・・
そして、俺は理解した。
心の穴が何だったのか。
何が足りなかったのか。
恋、なんだ・・・
心のどこかでずっと求めていた存在が、雪崩の様に俺の足元をガラガラと崩して心の穴を埋めていく。
そしてそこから迸る激情が、俺の胸を温かいもので満たしていく。
「ああ、大丈夫。」
息を整え立ち上がった俺は、まだしゃがんでいるヤンクミの手をとって引き起こす。
ヤンクミ、大好きだ。
ここからもう一度。
握ったこの手はもう離さない。
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こんにちは!
ここまでお読み頂いてありがとうございました。
内殻励起状態になると、原子内電子は「雪崩現象」を起こして内殻の穴を埋め、余ったエネルギーを放出するんです。これは自動電離と言います。
さて、今頃になって恋を自覚した黒慎ちゃん、どう出ますか(笑)
おかしなお題のおかしなお話、やっと半分まで漕ぎ着けました。
今後ともよろしくおつきあい下さいませ。
2011.2.26
双極子拝
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2011.2.26 ツキキワ拍手に掲載
2011.10.9 サイトにアップ