naonao様よりキリ番リクエスト。オムニバス。



授業のお時間



Side Comic*


一時限目 基礎解析



「うおぉら、お前ら、さっさと席に着けーっ。」


私立白金学院高校・二年四組担任、山口久美子はずかずかと教室に入ってくると、一向に席に着こうとしない生徒達を怒鳴りつけた。なぜかはわからないがひどく機嫌が悪い。


「ヤンクミー、んなしかめっ面してっと小じわ増えるぞー。」


「そーそー、もう若くねぇんだからさー。」


「もうちっと気楽に行こうぜ、気楽に。」


言いたい放題言ってゲラゲラ笑っていた生徒達は、突然バンと響いた大きな音に驚いて教卓を見た。久美子が鬼の形相で机の上に紙束を叩き付けたのだ。


「先週の章末テストを返します(怒)」


地獄の底から響いてくるような低い声でそう言うと、久美子は教室内を睨めつけた。


「沢田以外、全員に居残りを命じる。」


途端に抗議のブーイングが教室中から巻き起こる。


「だーれがんなこと聞くかよーっ!」


「くっだらねーこと、言ってんじゃねーよ。」


「やってらんねーよ!」


「教師のヨコボーを許すなーっ!」


「そりゃ『横暴』だろ・・・」


小さな声で呟かれた慎のツッコミは誰にも気付かれることなく空しく響いたが、慎は気にしていないようだった。やがて何ごとか思い付いた久美子がにやりと笑うと話しはじめた。


「よーし、じゃあお前ら。取引だ。」


「「「取引ー?」」」


「そうだ。今からあたしが言う条件を飲めば補習はやめにしてやる。」


補習無しと言う話に吊られて生徒達は身を乗り出す。


「条件て何だよ。」


「場合によっちゃ乗ってやらないでもないぜ。」


また莫迦な事をと思ったが、慎は何も言わずに経緯を眺める事にした。ま、俺には関係ないし。


久美子の出した条件はこうだった。


 ・裏門脇に積んであるレンガを花壇横まで運ぶ

 ・レンガは幾つでも良いが必ず前に運んだ数の倍を持つ

 ・ひとりに付き十回


「さ、お前ら。これでどうだ?」


黒板に書き終わると、久美子は教壇から生徒達を見回した。


「終わったら補習は抜き。点数も上乗せしてやるぞ。補習でもレンガ運びでも好きな方を選んでいい。どっちにする?」


生徒達は互いに顔を見合わせて、次に大声で笑い出した。


「そんなんでいいのかよー。」


「簡単簡単♪」


「十回だろー?楽勝じゃーん!さっさと終わらせてゲーセン行こうぜ。」


「なあ、ヤンクミ。はじめのレンガの数はいくつでもいいのか?」


「おう、いいぞ。好きにしろ。」


「ってことは一個でもいいってこと?」


「おう、もちろんだ。」


「やったー!よーし、ヤンクミ。二言はないな?」


「なーなー、赤点はちゃらなんだよな?」


野田が念を押そうと久美子に聞くと、久美子は二つ返事で請け負った。


「ただし、ちゃんと運んだらだぞ!ギブアップした場合は、補習+プリント宿題だからな。」


「ばーか、それをやる羽目になる奴はここには居ないぜ!」


「よーし、皆行くぞー!」


「「「おう!」」」


ため息を付く慎をひとり残し、わいわいと教室を出て行く生徒達を見送りながら久美子は慎のそばへと来た。


「な、沢田。あいつらいつまで持つと思う?」


「ま、いいとこ五往復じゃねぇの。」


「はっはっは。流石にお前は気付いたな。」


「たりめぇだろ。大体、そのテストの範囲じゃねぇか。」


「しっかし、高校二年にもなって指数関数も知らんとはなぁ・・・まったく。」


「ま、自業自得だろ。」


間もなく汗だくで戻ってくるであろう生徒達にどんな顔をしてやろうかと、久美子はにやにや笑っている。そんな久美子を横目で見ながら慎は、たまには教室でふたりきりもいいな、などと考えている。


開け放した窓から、生徒達の怒号が聞こえる。

青い空に風が爽やかだった。