原作・卒業後、おつきあい中。



明るい春の日差しの元、歩き慣れた懐かしい道を辿る。

校庭の桜も、ちょうど満開だ。

青空の下で吹き散らされる花びらが風に光っていた。



桜舞う



昼下がりの校庭からわーわーと騒ぐ声がする。

俺は久々に白金学院にやってきていた。

春休みだと言うのに、朝から補習だと言って出掛けた山口の様子を見にきたのだ。



「補習?だって、新学年まだ始まってないじゃん。」


「そうなんだけどさぁ。新三年生はこれから受験もあるしさ。

二年の範囲が終わってない奴らもいるから。」


「ふぅん。」


「せっかくの土曜日なのに悪いな。」


バイトも休みだし、来週からはお互い新学期も始まるから、

春休み最後ののんびり過ごせる週末なのだが、

すまなそうに手を合わせる山口にそれ以上何も言えなくて、


「ま、仕事優先すんのは当たり前だな。」


「すまん。」


少々寂しく思う本音をポーカーフェイスで隠して、物わかりのよい男を演じる。

社会に出てもいない半人前の男が、年上の彼女に呆れられないよう

虚勢を張るのはいつものことだ。ガキだと思われるのは絶対イヤだ。


で、俺はいい陽気の春の土曜日を、ぐだぐだとベッドに寝転んで過ごしていたのだが、

もうすぐ大学も始まることだし、たまには一人で出掛けるのもいいだろうと

昼過ぎに家を出た。


商店街のいつもの定食屋で昼飯を食い、CDショップを冷やかしてぶらぶらと歩く。

春の気持ちいい日で、桜の花が彼方此方で咲いている。

弁当を広げる花見客も大勢いて、賑やかな声がこだましている。


いつの間にか、白金近くの河原に来ていた。

ここは、一年前、俺が山口に告白した場所だ。


あれから様々な時間がふたりの間を通り過ぎて、曲がりなりにも俺は山口の恋人と言う座を手に入れた。

それでも、いつもいつも俺が追いかけてばかりで、

山口の方は大人の余裕でそばに居ることを許しているだけで、

俺が疲れればそのまま離れていってしまうのではないかと、ずっと不安を感じている。


あいつに相応しい男にはまだ成れてないと言う自覚もあるし、

まだ未成年だからと何かと庇ってくれる山口に守られているばかりで、

負担になっているのではないかと心配になる。


ふたりの関係には、恋人と言う名がついているものの、始まりが生徒と担任だったせいか

照れが先に立ってしまって、なかなか甘い時を共にするような間柄にはなれないでいる。


奥手で恋愛ごとには慣れていないと自分でも言っていたし、

十代の性急さを押し付けて軽蔑されるのも嫌だから、無理強いはしないようにしている。

それでも、年下の頼りない男に深入りさせたくないと無意識のうちに思っていて、

避けられているのではないかと勘ぐってしまう。


確かめるためには一歩進めてみればいいのだが、

余裕のなさを見せたら逃げられてしまいそうで怖い。


「はぁ・・・」


ぐるぐると思考の袋小路にはまったことに気が付いて、俺は空に向かって息を吐いた。

山口を信用していない訳ではないのだが、それ以上に自分が信じられないのだ。

愛されてる自信なんて、ほとんどない。


気分が塞いできた俺は、なんとなく白金に足を向けた。

まだ補習は終わってないだろうが、窓から覗く姿を見るだけでもいいと思ったのだ。


白金学院の校庭は、桜が満開だった。

生徒達が広い校庭を走り回っている。

クラブ活動だろうかと見ていた俺は、しばらくして違うのに気が付いた。


どうやらサッカーらしい競技をやっている生徒達の真ん中で、率先して騒いでいるのは山口だ。

真っ赤なジャージが白いシャツの群れの中で光って見える。

鮮やかな身のこなしに、俺はしばらく見蕩れていた。


「おらーっ!足使え!足ーっ!」


「もうやめよーぜー、疲れたよー。」


「ヤンクミー、お前なんでそんなに無駄に元気なんだよっ。」


「そこーっ!喋ってないで走れーっ。ほら、ボール行ったぞー!」


「わー、急に蹴んなよ!」


「何やってんだ、ばーか!」


「うっせーぞ、タコ!」


生徒達は口々に文句を言いながらも、山口の蹴るボールを夢中になって追いかけている。


「大体なんで数学の補習に来て、サッカーやんなきゃならないんだよ!」


「あーん?お前らが弛んでるからだろっ。」


「それとこれとが何の関係があんだよ!」


「喝を入れてやってんだっ!」


「うへぇ。」「入るかよ、ばーか。」


「ほれ、とっとと走れ!」


威張りくさって山口が言う。

ちっとも真面目に補習をやらない生徒達に腹を立てて、サッカーをやらせる事にしたらしい。

何の関係があるのか相変わらず意味不明だが、俺たちもよくやられたな、と

懐かしい気持ちになった。


砂埃に混じって桜の花びらがざあっと舞い上がる。

麗らかな日差しの下、満開の桜の木々に囲まれて、赤いジャージが踊る。


山口がなにより愛している教師と言う仕事。

身体を張って指導している生徒達。


恋人の俺でさえ入り込めない山口の世界・・・


愛しいあの手で守られている生徒達を羨ましいと思いながらも

自分もあの手に引かれて人生を取り戻した事を考えれば、邪魔をする気にはなれない。


綺麗だな。


生徒達の顔を見ながら、大口を開けて笑う山口を、俺は美しいと思った。


俺が惹かれた山口は、この山口なんだ。

彼女が彼女でいられるままに、山口を愛したい。

そのために、俺は強くなろう。


新たな決意を噛み締めて、桜舞う風の中

俺はいつまでも立ち尽くしていた。



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こんにちは!双極子です。

両思いのはずなのに、中々自信が持てない慎ちゃんです。


桜吹雪って久美子さんに似合いますよね。

原作久美子さんは昼の光の下で、ドラマ久美子さんは夜桜の下で、

それぞれ桜吹雪の中に立ってもらいました。


お楽しみ頂ければ幸いです。


2010.4.17 ツキキワ自由投稿ルームにアップ

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