隼人→久美子。黒銀在学中、おつきあいしてません。



趣味の問題 〜隼人編〜



色とりどりの可愛らしいグッズが机の上を覆い尽くしている。いささか、と言うか、非常に男子校には不釣り合いな品々だ。


コーム、ブラシ、カーラー、パウダー、ブラッシャー、リップグロス、マスカラ・・・

それらの品々を躊躇うことなく駆使して担任を弄くり回しているのは、この黒銀高校3年D組のヘッド、矢吹隼人だ。


「ほーら、ヤンクミ。じっとして。目ぇつぶれってば」


「えー・・・お前、なんか変なことしようとしてるだろ、絶対」


「なに言ってんの。この隼人様を信じるにゃ」


「うー・・・」


隼人は今、これから合コンだと言う担任・山口久美子に化粧を施してやっている。つい先程、もはや突っ込むところさえ見つからないような珍妙な化粧で帰りのホームルームに現れた担任を見るに見かねてのことだ。


隼人の手は迅速で正確で。そのあまりの慣れっぷりに周りを取り巻いているクラスメート達はどん引きだ。


「なあ、隼人ってさねーちゃんいねぇよな」


「それどころか、かーちゃんもいねぇ」


「誰に教わったんだろ」


「俺なんか名前も知らねぇ物体があるぞ」


「てか、これ誰のなんだろ」


「年上の、キレーなお姉さんだったりして」


「あっ、この間まで隼人が付き合ってた人、そんな感じ!」


「え、でもさ。去年の暮れに一緒に歩いてた人、あっちのほうがそれっぽくね?」


隼人の手で丁寧にほお紅を塗られている久美子の肩がふるふると震え始めた。それに気付いた隼人が手を止めると、久美子が目を開けた。


「お前、随分とあちこちで浮き名を流してるんだな」


久美子がおかしそうに言う。


「浮き名?」


真顔で聞き返されて気が付いた。


「あー・・・あちこちにイロがいるようじゃねぇか」


「イロ?」


慌てて言い間違いを正したつもりだったが、また間違ったらしい。


「とにかく、こんなことが上手になるくらいだから、お前さぞかしモテんだろ、ん?」


「うっさいなー・・・ほら、出来たぜ」


最後の仕上げに満足いったのか、隼人が手鏡を久美子に渡した。鏡の中の久美子の顔が一気にほころぶ。


「・・・これがあたし・・・?」


「へへん。これで数学の補習、ちゃらだかんね!」


「そうは行くか。でも、ちょっとだけ易しくしてやる」


「やったー!」


「おー、ヤンクミきれいじゃん」


「さっきよりずっといいよ!」


「合コン、上手くいくといいな!」


みんなに口々に褒められて、嬉しそうな久美子を見ながら隼人は使った道具を大切にしまっていく。これらの品々は昔の彼女の残した物などではない。久美子のために、ひとつひとつ隼人が買いそろえた物なのだ。


「お前も物好きだな」


ただ一人、事情を知っている小田切竜がそばにやってきて隼人にささやく。


「いーのよ。俺の目下の趣味は山口久美子だし」


「どういう意味だ?」


教室の隅で話し込んでいたはずのふたりの間に、いきなり担任の声が割って入ってふたりは驚いた。


「「ヤンクミ?」」


いつの間にかすぐそばに来ていた久美子がふたりの顔を見上げて小首を傾げている。そのあまりの可愛らしさに、隼人は思わず声を上げそうになるが、クラスメートの手前、かろうじて押さえ込んだ。


「あー・・・まあ、俺たちは担任の先生を大事に思ってますよーってこと」


「うんうん。いいねぇ、麗しい師弟愛」


「おい、時間はいいのか」


「あ、そうだっ!じゃあみんな、プリントの提出は明後日だぞー!寄り道しないで帰れよー!」


バタバタと慌ただし去っていく担任を見つめる隼人の目が、切なく潤んでいるのに気が付いて、竜はこの健気な親友の、恐らく初めてであろう本気の恋が、成就することを心より願ったのだった。



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ドラマ版第一弾は隼人君。気障な台詞なのでクールな黒慎ちゃんにはなかなか言わせづらくて、一番奥面もなく言ってくれそうな隼人君に先陣をきってもらいました。続く、かもしれませんが定かではありません(汗


お付き合いありがとうございました。

ブログにアップしていたものを再掲。


2012.4.22

双極子拝