「ったぁ・・・」
背中に衝撃を感じて思わず瞑った目を久美子は恐る恐る開いた。
耳ががんがん痛むのはどうやら爆音を近くで聞いた所為らしい。
視界が暗い事に気が付いて顔を上げると、すぐ間近にシンの顔があった。
「わわっ////」
どうやら抱きとめられているらしい。
久美子は大きな柱に背を付けて、正面を塞ぐように立ったシンに抱きしめられている。爆風から庇ってくれたのだと、久美子はようやく気が付いた。
真剣な顔で辺りを警戒しているシンの横顔に、柄にもなくドキッとして久美子は慎の身体をそっと押す。その動きでシンが気付いて久美子の顔を覗き込む。
「大丈夫か?」
「お、おう・・・おかげで傷ひとつない。」
大丈夫だと言ったのだが、シンは尚も心配そうに久美子の身体を調べ、爆風に巻き上げられた砂埃をかぶっている他は特に怪我もないことを確認してほっと息を付いた。
「あっ、お前こそ大丈夫なのか?」
久美子はシンの背中を見て息を呑む。
小さな破片が無数に刺さっている。
「あ?いや、別に痛くねーけど?」
「え?そ、そうなのか。」
「ああ、平気。服が分厚かったからじゃねぇの。」
首を後ろに曲げて背中を見ながら、シンはこともなげに呟いた。
上着を脱いでぱたぱたと叩きながら破片を落としている。
下に着ていたシャツも穴だらけで、所々皮膚が見えていたがシンの言う通り傷はどこにもなかった。
運が良かったのかな・・・
何となく腑に落ちなかったが、久美子は気を取り直した。
今はそんな事を考えている場合ではない。
「うわ・・・こりゃひどい有様だな。」
爆発の影響で停電したらしく、非常灯だけが灯っている薄闇の中で散乱した瓦礫と見る影もないくらいぐちゃぐちゃになった商品の数々、そしてあちこちに倒れている人々・・・
「どうやらすぐそこで爆発したみたいだな。」
シンの言葉に眼を向けると、十メートル程先の店の入口が粉々になっていた。
よく見えないが、あれってさっきの靴屋じゃないか?
爆音が聞こえたとき、確かに自分達はあの店の入口辺りに立っていたはずだ。
でも気が付いたときにはこの柱の前でシンに庇われていた。
吹き飛ばされた?にしては・・・
考え込んでいると、シンが久美子の手を引っ張った。
「爆弾の種類もわからないし、影響がどこまで及んでるかわからないから早めに出よう。」
久美子は慌てて愛用の携帯端末のセンサーを見る。
生命活動をしているものは半径三十メートル以内にはいない・・・
どうやら結構な人数が犠牲になったようだった。
久美子は更にチェックを続ける。
放射能は検出されない。
有毒ガスも即効性のものは取り敢えずない。
半径二十メートル以内に燃えているものはない。
酸素濃度は十九パーセントで正常範囲。
低周波センサーのみが反応していた。
「センサーが低周波音を拾ってる。崩れるぞ。行こう!」
とにかく避難しなければ・・・
そう思ったものの、暗いし瓦礫が散らばっているしで、入口がどこかもわからない。安全な避難路すらもわからなかった。
「こっち・・・」
躊躇っているとぐいっとシンに手を引かれた。
暗い建物の中をシンはどんどん進んでいく。
曲がり角に来る度にシンは迷いもせずに方向を選び、久美子を導く。
「ぷはぁ・・・やっと出られた・・・」
ショッピングセンターの裏口らしい扉からやっと外に出てみると、まだぼんやりと明るい。長い時間を過ごしたような気がするのに、どうやら思ったよりも時間が経っていなかったようだ。
「ふぅ・・・」
シンも安心したようで、握りしめていた手をやっと離してくれた。
なぜか離した後の左手を撫でながら見つめている。
その様子がちょっとだけ寂しそうで久美子は不審に思ったが、聞こえてきた声に邪魔されてそれ以上は考えられなかった。
「お嬢!大丈夫ですかい?」
「京さん!どうしたの?」
「いやあ、爆発があったって連絡があったから、心配になってきてみたのよ。怪我ぁありやせんかぃ?」
「ああ、大丈夫。シンが庇ってくれたから。」
「おお、お前ぇ、偉いぞ!!よくやった!」
「ちょっと、京さん。抱きつくなっ。ちゅーもヤメろ!髪ぐしゃぐしゃにすんな!」
「あはは。さ、京さん帰ろう。」
久美子はシンを促すと京太郎の車に乗り、柔らかなシートに身を埋めた。